ビールとポップコーン

ネタバレ書かずに、観た映画(ときどき読んだ本など)を雑文多めに記録しています。

「宿屋めぐり」を読みました

宿屋めぐり (講談社文庫)

宿屋めぐり町田康(2008)

「好きな作家は?」「町田康」と即答するほど町田康が好きで、きっかけはちょっと心が弱っていた二十歳そこそこの頃に地元の本屋でたまたま見つけた「パンク侍、斬られて候」を読んで衝撃を受けてから(表紙もかっこよくて一目惚れに近かった)。その後、長編の「告白」を読んで、それが私の人生におけるそれまでもこれからも絶対的な傑作になった。「宿屋めぐり」は「告白」の後に発行された単行本で、4.5センチ厚、600ページの長編小説なのだけれど、もちろん初版を買って、でも今まで読まずじまいでした。なぜなら、長編小説が読みたくなったら「告白」を再読していたし、好きな作家の作品をすべて読みたいファンもいれば、猛烈に好きな1冊があるというのもまた立派なファンだと思っているので。

(ちなみに、東日本大震災のあったその日の夜、浜松町の貿易センタービルで町田康の「スピンク日記」刊行サイン会があった。当時浅草の会社で働いていた私は、大きな地震でてんやわんやになっているにもかかわらず「サイン会に行きます」と言って16時過ぎに会社を出て、映画のシーンのように普通じゃなくなっている街を3時間くらいかけて、歩いて浜松町に行ったのでした。当然サイン会は無く、整理券を受け取って町田康さんにメッセージを書きました。今でも鮮明に覚えているこの日のことは書くと長くなるので、また別の機会に)

ここ半年〜1年くらい読書熱が盛り上がってきて「告白」を何度めかの再読をしてようやく「あれもこれも読みたい」という気持ちになりました。でやっと「宿屋めぐり」を読んだのです。そしたらこの小説もまた傑作でした。手元で10年温めてようやく気づいた、どうしてもっと早く読まなかったのだろう。

雇い主から大権現様に大刀を奉納するように命じられた主人公が「白いくにゅくにゅ」したものに飲み込まれ別世界に行ってしまう話。別世界といってもこちらの世界とほとんど変わりはなくて、でも人も景色も妙に嘘くさい世界。「正義とはこういうことだ」と主に常々示されていた主人公は、そんな世界にばまりこんでしまったことは「主からの試練」と理解し、宿屋を渡り歩き大権現様を目指します。

(名前も含めて)奇妙な登場人物、不確かな時代設定、何もかもが不思議でおかしくて、正に町田康にしか書けない小説だと思います。バカバカしい挿話や屁理屈も最高。でも読み進めていくうちにどんどん残酷になって、宗教的になって、小説の芯の部分が見えてくる。それは「(自分にとっての)真実と嘘」や「何かを信じる(信仰する)こと」から生じる過信や盲信、人生観、欺瞞と忠実、罪と罰、輪廻転生…など。信じる者は本当に救われるのだろうか?人間の意識や魂ってなんなのだろう?ということを、こんなふうに小説として表現できるってすごいなー。

読み終わった勢いで感想を書きました。(これが正しい)

魂と意識というものは別のもので、でも魂なしに意識は存在し得ないとすれば、魂を言語化したものが意識ということか。いや、そうではなく意識とは魂の屁のようなものなのだろう。