ビールとポップコーン

ネタバレ書かずに、観た映画(ときどき読んだ本など)を雑文多めに記録しています。

「降伏の記録」を読みました

降伏の記録

降伏の記録/植本一子(2017)

「かなわない」「家族最後の日」に続く3作目「降伏の記録」を読みました。

 

本書のための前2作だったんじゃないかと思えるくらい、本書の完成度は高いと思いました。少しずつ読み進めようと思っていましたが、読み始めると止まらず、週末にほとんど何もせず一気に読みました。

「かなわない」では一般的な<家族>という枠を壊して新しい家族の形を探り、「家族最後の日」では、絶縁、死別、癌の宣告によって家族の終わりを感じた著者。本作でも日記形式をとって、深刻な病に伏す夫や成長し日に日に手を離れていく2人の娘に対して、家族として向き合っている著者の心境を正直に綴っています。

とくに、幼少期から現在までの記憶と心奥を丁寧に探りながら堰を切ったように書かれている最後部のエッセイは圧巻です。自身の半生を遡りながら自己分析して「本当に自分が欲しているもの」を導き出してゆく作業は、相当にしんどかったと思います。

著者のこれまでの行動、言動、思考、それらの全てがいきおいそうならざるを得なかったのだと明らかにされたとき、私は著者と著者を取り巻く孤独な人々を、慈しみで抱きしめたい気持ちでいっぱいになりました。

 

娘たちに対する著者の愛情を大いに感じることができますが、それも著者自身の精神バランスが平衡を保っているからであって、少しでも崩れるとまたキツくあたってしまうのです。そのストレスの根源が夫の石田さん(ECD)であると著者は言っています。

癌に侵され余命宣告までされている夫に「いなくなってほしい」と書き綴る著者に対して、これまたものすごい非難を目にします。けれども夫婦のことなんてその夫婦にしかわからないのだし、ましてや著者と石田さん夫婦は、本書を読む限り交際をスタートする時からちょっと一般的な恋人関係とは違ったと思います。それも含めて、良い・悪いなんてのは外野がとやかく言えることではないのだと思います。

 

著者にとって石田さんは、人として作家として尊敬こそすれども、自分が心の底から求める夫にはなり得なかったのかもしれません。夫婦である前に個と個であった著者と石田さんはそれを尊重しようとしたけれど、それを尊重した上で成り立つ夫婦になるための決定的な何かが違ったようです。

 

著者は、石田さんの貫徹した孤独に降伏したのだろうか?それとも、石田さんと夫婦になることに降伏したのだろうか?

どちらにせよ、著者は逃げなかった、と私は思います。

 

最後の部分の冷静でありつつ凄まじいエッセイを書き上げたあと、そのストレスからか著者は髄膜炎で入院され「もう一文字も書きたくない」と休業宣言されています。

深い闇の中へ潜り込んでゆき、そこでうずくまるようにして過去の自分と対話し自身の本質を知った著者。「ECDより受け継がれた」と言われる文才を、また近い将来見せてほしいと思います。