ビールとポップコーン

ネタバレ書かずに、観た映画(ときどき読んだ本など)を雑文多めに記録しています。

「かなわない」を読みました

かなわない

かなわない/植本一子(2016)

たしか2005年か2006年くらいの頃。当時やっていた「はてなダイアリー」上でやり取りをするようになった方がおすすめしてくれたのが、植本一子さんのブログでした。文章はほとんど無く、ただ大きく写真が投稿されているブログで、音楽ライブの様子や日常風景を切り取った奇をてらわぬ自然な写真を撮る彼女は、すぐに私にとって「気になる女性」になりました。歳が近いとか、当時私が好きだったミュージシャンの写真を撮っているからとか、それだけの理由ではなく、あっという間に忘れてしまうけれど確実に存在した一瞬が、彼女の撮る写真に見えたからだと思います。

しばらくすると、彼女の写真にラッパーのECDさんが写るようになりました。ライブの様子から始まり、被写体がECDさん1人になり、その後ECDさんの自宅と思しき写真やラブホテルのネオンや室内の写真まで投稿されるようになり、ある日「ECDさんと結婚します、妊娠しています」という内容の簡潔なメッセージが投稿されました。「知ってた」という感じでした。

もう10年以上前から彼女のプライベートは写真を通じて公になっていて、私にとってそれは単純に、「すごいな」と思うことでした。

「働けECD」という新しいブログが作られ、彼女は文章でも日常を記録し始めました。そこには「はてなダイアリー」でのフィルムの写真とは違う、携帯電話のカメラで撮られた写真もあり、晒された家計簿も相まって日常というよりリアルな生活感が見えるようになりました。その後、ブログは書籍化されました。

働けECD わたしの育児混沌記

働けECD わたしの育児混沌記

 

 

前置きが長くなりましたが、「かなわない」はそのブログの後半の日記に書き下ろしを加えた本です。出版された時、ブログで日記は読んでいたので、新たに加えられた文章のみを書店で立ち読みしました(著者には大変失礼ですが…)。その後「家族最後の日」「降伏の記録」と立て続けに本を出され、しばらく文筆業を休業されると知り、1冊目から通して読んでみたくなったのです。

やはり、日々更新されるブログで読むのとは全く別物の、完成された「日記文学」だと思いました。せこいことをした自分が悔やまれる…。

東日本大震災後の漠然とした不安、育児の激しいストレスと子どもを愛おしく思う気持ちの相反する感情に困ぱいしていく様子、実母に対してすがりたいような距離を置きたいような心情、夫を小憎らしいと思う気持ちと尊敬する気持ち、そして夫とは別の「好きな人」に対するやるせなさ。様々な感情を行ったり来たり繰り返しながらも、目の前にある紛れもない現実を受け入れて生活してゆかなければならないのです。妻であり、母であり、娘であり、仕事を持ち恋愛をする女性であり、そのいずれでもあるひとりの人間としての植本一子さんが、明け透けに書き綴っています。

 

植本一子さんは「表現せずにはいられない」人なのだと思います。音楽家や画家などの芸術家と同じで、日常のさり気ない一瞬を見逃さずに写真に収めたり、些細な出来事や感情を書き留めたり、何でも記録して自分を表現せずにはいられないのだと。子どもに怒鳴ったり手をあげてしまうことや、夫以外に恋人をもつことは、世間的には非難されてもおかしくないことです。そういうことですら、書かずにはいられない。好きな人の写真は、撮らずにはいられない。そんな素直な人なのだと思います。

そして本書の中では「他者からの相対的な評価をもって自分の価値を確認しているのだ」と指摘されていましたが、自分の全てをさらけ出した日記からは、良いところも悪いところも知ってほしい、そして私を認めてほしい、という声が聞こえてくるようでした。

私もこうしてブログを書いたり日記を書いたりしていますが、「どこのだれ」という事を明らかにするつもりは無いし、見ず知らずのたった1人でも2人でも私のブログを読んでくれている人がいると思うだけで、わずかな承認欲求は満たされています。植本一子さんは、為す術がないほどの孤独を埋める手段のひとつとして自己表現をやめられないのだと思います。

 

「あとがき」にもあるように、この本はまったく特別な日記ではなくて、日常のすぐそこにある現実です。実は植本一子さんの生活圏は私の生活圏のすぐそばで、彼女の日記から生活の様子がありありと目に浮かび、それはもうリアルなものでした。

道ですれ違った人たち、電車で隣り合わせになった人たち、マンションの灯りのひとつひとつに物語があって、それらはどれも特別であるのと同時に普通のことなのだと、あらためて思いました。

 

それから、本文の中に「占い師から石田さんは長生きすると言われた」「誕生日に買ったケーキを鷲掴みにして食べる様子を見て、この人は長生きするなと思った」という日記があって、少し切なくなりました。ECDさんは進行性がんになり手術を受けたと公表しています。とても痩せられた写真を見て胸が痛みました。占いが当たってECDさんが長生きすることを願っています。