ビールとポップコーン

ネタバレ書かずに、観た映画(ときどき読んだ本など)を雑文多めに記録しています。

「エレファント・マン」を観ました

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エレファント・マン(1980)

2017年は「ツイン・ピークス」で盛り上がりましたが、私がいちばん最初に観たデヴィッド・リンチは「エレファント・マン」です。

小さい頃、母から「エレファントマン」と「ノートルダムのせむし男」というワードを時々聞いていて、たしか私が猫背で姿勢が悪くなっている時なんかに言われていたような記憶があります。今の時代は当然ながら、当時としてもひどい差別的だよなぁと思うのですが……。

そんなわけで私はこの「エレファントマン」と「せむし男」がなんなのかもよくわからずに、どうやら醜い見た目の男なのだろうという想像で、しばらくの間気になる存在でした。映画をよく観るようになった中学生の頃、「エレファント・マン」はデヴィッド・リンチという人が撮った映画で、実在した人物がモチーフになっていること、そして「ノートルダムのせむし男」はヴィクトル・ユゴーの小説であることを知りました。いずれも醜い見た目を持つ男の悲しい物語だった。

1800年代後半のロンドン。ジョン・メリック(ジョン・ハート)という青年は生まれつき重度の奇形のため、見世物小屋で「エレファント・マン」として好奇と恐怖の目に晒されていました。大きな頭、腫瘍だらけの身体、湾曲した背骨。杖無しでは歩けず、仰向けに寝ることすらできません。そんな彼を偶然見つけた外科医のフレデリックアンソニー・ホプキンス)は研究材料としてジョンを興行主のバイツから引き取り、病院の屋根裏部屋で暮らさせるのです。

誤解を恐れず書くと、「こわいもの見たさ」というような気持ちは誰にでもあるんじゃないかな?「世界仰天ニュース」とかでも「身体が木のようになってしまった青年」とか摂食障害で痩せ細ってしまった人、逆に自力で歩けない程太ってしまった人、そういう見た目に特徴のある人たちを見たり知ったりするときのきっかけとして「好奇心は無い」と100パーセント言い切れるのか?彼らの苦労やつらさ、人となりを知って、最終的にはエールを送りたい気持ちになたっとしても。

この作品でもそういったところが分かりやすく描かれていて、ベールに包まれた「エレファント・マン」の全体像が映し出されるときは観ているこちらはギョッとしてしまうけれど、フレデリックが徐々に人道的になってゆく様子を観て、こちらも心を動かされていきます。ジョン・メリックが逃げ込んだ地下鉄のトイレで心の内を叫ぶシーンは本当に揺さぶられてしまうし、彼が1人でお芝居ごっこをするシーンは胸が締め付けられて涙が止まりません。

人としての権利は人間誰もが持っているもので、それは平等でなければならないと思います。けれど、人間はその環境や状態において決して平等なんかじゃない。その不平等を穴埋めして補うのが人間愛だったり博愛のヒューマニズムなのだと思います。

デヴィッド・リンチがこの作品でヒューマニズムを描こうとしたのかは分からないけれど、かつて「フリークス」と呼ばれたような人たちを物珍しさをもって見てしまう人々の心理と、特殊な外見を持ったジョン・メリックという1人の青年の、人間としての悲しみや人生における一瞬の喜びは、明らかに表現されていると思います。

世界から差別や偏見を無くすのはかなり難しいと思います。だってこんなに狭い日本でも「えた・ひにん」の時代から現在に至るまで差別や偏見で溢れているんだもの。でもそれらを無くす努力って実はとてもシンプルなことで、ブルーハーツでもおなじみの「人にやさしく」、結局これに尽きるんじゃないかと思います。

 

 

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