ビールとポップコーン

ネタバレ書かずに、観た映画(ときどき読んだ本など)を雑文多めに記録しています。

「ぐるりのこと。」を観ました

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ぐるりのこと。(2008)

小さな出版社に勤める明朗でしっかり者の翔子(木村多江)と、靴修理店で働く女好きのカナオ(リリー・フランキー)。大学生の頃から交際している2人は、翔子の妊娠をきっかけに結婚することにしました。そんな折、日本画家を目指していたカナオに「法廷画家やってみない?」という誘いがあり、カナオは引き受けます。慌ただしい独特の緊張感の中での初仕事は散々でしたが、どうにかこうにか、法廷画家としてのスタートを切ったカナオ。しかし、待ち望んだ子どもを失い、翔子の心は少しずつ壊れてしまうのです。

 

ハッシュ!」を観てすっかり橋口亮輔監督のファンになり、立て続けにこの映画を観ました。そしたらもう、とてつもなく素晴らしい映画で大号泣してしまいました。この映画の完成度は木村多江リリー・フランキーあってこそだとおもいます。この2人が、本当にすんばらしかった!

ハッシュ!」が「家族」についての映画だったのに対し、「ぐるりのこと。」は「夫婦」についての映画です。親やきょうだいは物心ついたときからいる存在だったり自分では選べないものだけれど、夫婦というのは自分で選んでそうなるもので、つまりお互いの意思だけで形成される家族なわけです。お互いまったく別々の環境で育ち、夏がダメだったりセロリが好きだったりな他人どうしがひとつの家族となるのだから、ある意味血よりも濃いものがそこにはあったりするんだよなー。婚姻関係にかかわらず、夫婦とかパートナーの関係ってすごいな、とおもいます。

この物語では、とても悲しい出来事がきっかけで妻である翔子が鬱になってしまいます。自分の感情をコントロールできずに猛烈に落ち込んだり、かとおもえば爆発したように怒り狂ったり。そんな状態になってしまった翔子を、夫のカナオはただただ、そっと優しく見守ります。あまり感情を表に出すタイプでないカナオですが、思うところはもちろん色々あるのです。そんなカナオを演じたリリーさんの、表情や目の静かな演技は胸に迫るものがありました。

嵐の夜、完全に心が乱れてしまった翔子が「どうして私を見捨てないの?どうして離れて行かないの?」と泣きじゃくりながらカナオに聞くシーンがあります。とても心が痛くなるつらいシーンですが、翔子はカナオがどんなふうに答えるのか、心の奥の奥ではちゃんとわかっていたようにおもいました。カナオの愛をちゃんと知っていたというか、信じていたのだとおもいます。だから翔子は、女たらしで収入もアテにならないカナオと結婚したんじゃないかな、と。

印象に残るシーンはいくつもあるものの(本当にたくさんあるので挙げたらキリがない!)「ああ、すごい」と思ったのは、物語のラストの方でカナオが窓の外をせわしなく行き交う人々を眺めながら「人、人、人……」とつぶやくシーンです。これ、ちっとも説明的でないさり気ないシーンですが、それまでのドラマを集約しつつ、同時にとても普遍的な感情?を表現しています。満員電車や街の雑踏を傍からぼーっと見て、途方も無い気持ちになったことが何度もあります。多くの人が漠然と感じたことのある名前のない感情を、押しつけがましさや野暮い解説的な表現をせずにさらりと描写していて、とても印象深いシーンのひとつです。

 

法廷画家(スケッチさん)として様々な事件の裁判を傍聴したカナオ。90年代から00年代前半までの、世間を震撼させた事件や大震災などと絡めて、夫婦の過ごした10年間を描いています。ある程度の年齢の方が観ると、劇中の事件の元となった事件をパッと思い出せるとおもいます。時の流れを世相や実際に起きた事件で表し、夫婦の苦難を壁掛けカレンダーの書き込みで表しているのは、感情的な部分だけで物語が進まず客観視できる大きなポイントになっていてよかったです。

それから「ハッシュ!」にも出演している俳優が何人も出ていて、橋口監督のお気に入りなのかな、とおもいました。

それにしてもこの映画、おしゃれなところがなくて本当にいい。本編に関係ないところで少しでもかっこつけていたりおしゃれに見せようとしているところがあると、目について気になってしまうこともあるからね。実際、ほんとのところ、夫婦って全然おしゃれな関係じゃないし、生活って全然おしゃれなんてものとほど遠いからね。ほんとのところ。

 

 

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ぐるりのこと。

このジャケも最高じゃないの。泣ける。