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ビールとポップコーン

ネタバレ書かずに、観た映画(ときどき読んだ本など)を雑文多めに記録しています。

「火花」を読みました

★★★★☆

火花 

火花/又吉直樹(2014)

去年の8月に図書館で予約をしたのですが、そんなこともうすっかり忘れた頃にようやく順番が回ってきました。「最も売れた本 2015」で検索したところ、「火花」が見事1位(ちなみに発行部数は240万部らしい)。以下2位に「フランス人は10着しか服を持たない~パリで学んだ“暮らしの質”を高める秘訣」、3位「家族という病」、4位「聞くだけで自律神経が整うCDブック」と続き、7位8位には宗教本が並びます。12位になってようやく「鹿の王/上橋菜穂子」が登場するものの、トップ10に文芸書は「火花」だけでした。

世の中の人たちが何に関心を持ち、お金を払ってでもそれを知りたい、手元に置いておきたい、と思うものが、書籍売上ランキングに見えるようでおもしろい。これだけ文芸本が読まれないご時世で売上1位になるのは、もともとの知名度と芥川賞受賞という話題性あってのことかもしれないけれど、読んでみると想像以上の良さでした。

 

主人公の徳永は、熱海の花火大会の営業で出会った先輩芸人の神谷に惚れ込み弟子入りを志願します。「俺の自伝を書くなら、よし」ということで、2人は居酒屋の喧騒を証人として師弟の契りを交わします。どちらかというと消極的で憂鬱な雰囲気の徳永と、周りからどう思われようと常に笑いのことを考え、自分がおもしろいと思うことを追求し攻撃的に実践する神谷。2人の売れない漫才師の十数年の交流を描いた物語です。

 

徳永は下ネタが嫌いだったり、大きな楽屋で居場所がなかったりマイナス思考だったり、テレビを通して知る「ピース又吉」のイメージそのもので、人物像が掴みやすかった、というより読んでいる間ずっとピース又吉が語っているような感覚でした。

本職が芸人だからこそ書ける漫才師の世界独特のルールだったり、生活の様子や他の芸人が成功していく焦燥感は、とてもリアルでした。そして、激しい性格で哀しいほど笑いに執着する神谷のキャラクターもとても面白かった。自分の笑いについて哲学を持っていてオリジナリティがあって、一部の芸人や関係者からは尊敬されたり認められているけれど成功しない。こういう芸人っていっぱいいるんだろうなぁ。

 

純文学を書く人ってすごいなぁと思うのは、誰でも見たことのある何でもない景色や、感じたことのある些細な感情を、絶妙なことばで表現できるという事。こういう表現はフッと湧いて出てくるのか、考えて考えて生まれるのか、いずれにしても、たくさんの言葉と表現を知らないと書けないと思います。

例えば、親切な人に傘を貰ったけれどすぐ雨が止んでしまって、それでも傘をさし続ける神谷を見た時。その時の徳永の感情を又吉先生は、こう表現しています。

 

好意を無下にしたくないという気持ちは理解できる。だが、その想いを雨が降っていないのに傘を差すという行為に託すことが最善であると信じて疑わない純真さを、僕は憧憬と嫉妬と僅かな侮蔑が入り混じった感情で恐れながら愛するのである。

 

また、徳永は神谷の才能を分かっているつもりだったけれど、実は全然分かっていなかった、神谷と自分には超えられない才能の差があるのだと気づいたとき。

 

僕には、神谷さんの考えそうなことはわかっても、神谷さんの考えることはわからなかった。自分の才能を超えるものは、そう簡単に想像出来るものではない。神谷さんの発言を聞いた後で、手のうちを知っていると錯覚を起こしているだけに過ぎない。自分の肉が抉られた傷跡を見て、誰の太刀筋か判別できることを得意気に誇っても意味はない。僕は誰かに対して、それと同じ傷跡をつけることは不可能なのだ。なんと間抜けなことだろうか。

 

私はそんなに本を読まないし「純文学とは」なんて全然わからないけれど、人間の普遍的な心の動きを素晴らしく表現しているものを読むと、本当に感心してしまいます。この小説が芥川賞を取ったことを含めて良くも悪くも色んな評価を目に耳にしましたが、私はいい小説だと思ったし、立派な純文学だと思いました。

 

まったく個人的な感想を最後にもうちょっと。

徳永と神谷のメールの文面、徳永の幼少期の姉とエレクトーンのエピソード、真樹さんの寄り目がすごく好きです。

それから、登場人物たちの生活圏が自分の知っている場所ばかりで、読みながらリアルな景色が浮かぶのがたのしかった。 京王井の頭線で渋谷から吉祥寺へ向かうとき、そうそう、下北沢や明大前は人の乗降が激しいけれど永福町は降りるだけで全然人が乗ってこないよね、とか。渋谷の宇田川交番の近くの居酒屋が何件も入ったビルでの合コン、私も生涯一度きりの合コンをその場所でやったけれど、徳永が冷えた唐揚げを見つめていたように、私は冷えた唐揚げを箸で転がしていたよ、とか。