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ビールとポップコーン

ネタバレ書かずに、観た映画(ときどき読んだ本など)を雑文多めに記録しています。

「プレシャス」を観ました

★★★★☆

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プレシャス(2009)

ざっくり言うと、ニューヨークのハーレムに暮らす虐待を受けて育った16歳の少女プレシャス(ガボリー・シディベ)が、フリースクールでレイン先生(ポーラ・パットン)という女性教師に出会い学ぶ喜びを知り、最悪な環境を抜け出そうとする物語…なのですが、色々と思うところがありすぎて、なかなか感想が書けませんでした。

主人公のプレシャスは2度目の妊娠中。1人目の子どもはダウン症の、その名も“モンゴ”で、祖母のもとで暮らしています。驚くべきことに、プレシャスの2人の子どもの父親は蒸発してしまった彼女の実父で、彼女は父親から性的虐待を受けて育ちました。母親のメアリー(モニーク)は働かずに生活保護を不正受給し、家事一切をプレシャスに押し付けて、「あんたがあたしの男を奪った!このデカケツのクソデブ女!」と彼女をどやしては、殺す勢いで物を投げつけたり殴ったりします。肉体的にも精神的にも、プレシャスを虐待しているのです。そのせいかプレシャスは表情に乏しく内向的で、どこか投げやりな態度です。最低な現実から逃れるように、プレシャスはたびたび妄想世界に入り込みます。そこでは、人気女優や歌手やモデルになって、イケてる白人男性をはべらせたりするのです。

こんな感じで、プレシャスは社会の底辺で暮らし、寄せ集めの不幸のど真ん中にいるような少女なのです。ですが、ポップな妄想シーンやドキュメンタリータッチな演出のおかげで、映画自体はそこまで暗い仕上がりになっていません。

1987年のニューヨークのゲットーでは、プレシャスのような境遇は珍しいものではなかったのだと思います。この映画の原作は、教師をしていた作者が出会った少女にインスパイアされて書いた本とのことだし、プレシャスやフリースクールのクラスメイトたちも、誰一人として自己憐憫に浸ったり他人に同情したりしていないからです。下手なお涙頂戴映画にせず社会派人間ドラマとして、当時の残酷なリアルを観る側に伝えているのだと思います。

プレシャスにど底辺の生活から抜け出す希望を与えたのが、フリースクールで出会うレイン先生です。ABC〜もままならなず「DAY」という単語すら読めなかったプレシャスに、レイン先生は優しく根気強く読み書きを教えます。読み書きを学ぶにつれて内向的だったプレシャスはクラスメイトたちと笑いあえる、普通の少女へと変化していきます。「間違うことを恐れずに、ひたすら書きなさい」と指導し、生徒たちと交換日記をするレイン先生。読むことで広い世界を知り、書くことで客観的に自己を見つめるようになったプレシャスは、2人の子どもとともに自立し、自分の人生を切り開こうとするのです。

その反面、どうにも救われないのがプレシャスの母メアリーです。虐待は絶対にあるまじき行為だということを大前提としますが、虐待をする側も苦しんでいる、というのもまた事実です。夫からの愛情を望むもそれを得られず、その悲しみやつらさや怒りのすべてを、メアリーはプレシャスにぶつけます。そこには暴力と依存による支配があり、プレシャスが「学校へ行きたい」と言っても「あんただけ偉くなるつもりか!」と返すなど、自分が不幸ならば娘も不幸でなければならない、という恐ろしい思考にメアリーは陥っています。けれどもプレシャスが産まれた時は「precious(=大切で可愛い)」という名前をつけるほど、愛おしくて大切な存在だったのです。メアリーが悲惨な虐待母になってしまった顛末は物語の終盤で明かされますが、彼女もまた被害者であることがよく分かります。

プレシャスにはこの先も、恐らく今まで以上の困難が待ち受けているだろうけれど、それでも自分を愛してくれる人の存在を信じ、前を向いて力強く歩いていく。そんなプレシャスの姿で映画は終わります。誰もがレイン先生のような人間に出会えるとは思えないし、ソーシャルワーカーにだってできることは限られています。とどのつまり、自分自身が変わらなければ生活環境も今後の人生も変えられない、ということなのかな。

主演を演じたガボリー・シディベの存在感もよかったけれど、何より鬼母を演じたモニークが素晴らしい。身なりも風貌も言葉づかいも怒号も、そのすべてにゲットーのクソ親が見えます。かっこいいヒールじゃないただの嫌われ者役で、さらに演者の精神にもダメージが大きそうなこの役を、パーフェクトに演じています。これは確かにアカデミー助演女優賞受賞にも納得。それから、看護師役のレニー・クラヴィッツソーシャルワーカー役のマライア・キャリーも、いい演技をしています。マライアにいたっては普段のスーパーゴージャスなイメージはゼロ、すっぴんに地味なスタイルで、パッと見マライアとは気づかないレベルです。

 

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