ビールとポップコーン

ネタバレ書かずに、観た映画(ときどき読んだ本など)を雑文多めに記録しています。

「AMY」を観ました

f:id:somewherearoundhere:20160718112137j:plain

AMY(2015)

エイミー・ワインハウスの訃報を知ったときのことは、よく覚えています。私は誰にともなく声に出して「嘘でしょ」と言い、その場に突っ立ったまましばらく動けませんでした。「嘘でしょ」なんて言いながらも、こうなってしまうことが自然の流れのようにも感じていました。とにかく、喪失感で悲しくて悔しかった。

エイミーの歌を初めて聴いたときは、これはとても陳腐な表現だけれど、本当に身体に電流が流れたようなショックでした。ハスキーでジャジーで自由な声に、まるで昔のソウルミュージックのようなメロディ、そしてこの歌声の主が自分と同じ年の女性だと知り、一気にファンになりました。

それからしばらく経って、MTVか何かであの大ヒットした「Rehab」のビデオを観た時、また頭のてっぺんからつま先まで電流が流れました。アルバム「Back to Black」もすぐ買ったし、以前よりだいぶ痩せていたけれど、その後の彼女のトレードマークである太く長いキャットラインのアイメイクとビーハイブヘアも定着して、そのヴィジュアルもとても好きでした。

グラミー賞を受賞してからは日本のゴシップサイトにも頻繁に登場するようになり、彼女の荒んだ私生活ばかりが取り上げられていました。最初は海外アーティストによくある薬物やアルコールネタだと思って面白半分で見ていましたが、その痩せ方やボロボロの姿の彼女がひどく叩かれているのを見るのは、だんだんつらくなっていきました。恋人(一時期の夫)であるブレイクという男が彼女をこんな状態にしてしまったんだ、と彼のことを恨みました。エイミーは心身ともに最悪の状態に向かうにつれて、キャットラインもビーハイブヘアも、より誇張されていったような気がします。それらは世間のバッシングやパパラッチの凄まじいフラッシュ攻撃に耐えるための、彼女なりの保身の術だったのかな、と今になって思います。

そして2011年6月セルビアでのライブ、ステージ上で泥酔して全く歌えない彼女に観客が大ブーイングしている映像を見て、ああここまできてしまったんだ、と思いました。でもその時の私の気持ちはわりとドライで、しばらくライブをすることも無いだろうし、新曲のリリースなんてもってのほかだろうけれど、また3〜4年後に、そう「Rehab」の時みたいに、ある程度治療して戻ってくるのだろう、と思っていました。まさか、その1ヶ月後に訃報を聞くなんて、思いもしませんでした。

---

この映画の製作や海外での公開のニュースを聞くたびに、日本での公開を今か今かと待ち望み、珍しく前売り券まで買って、公開初日に観に行きました。劇場の座席に座ると、やっと観られる嬉しさの反面、エイミーの気の毒な姿や苦しみや悲しみを思って、少し不安にもなり、彼女が少女だった頃のホームビデオで本編が始まると、あっという間にこみ上げてきて泣いてしまったのでした。

この映画は、エイミー・ワインハウスが16歳で歌手活動をスタートし27歳で亡くなるまでを、関係者や友人、幼馴染などの証言と、プライベートフィルムを含むたくさんの映像で振り返っています。

エイミーは、薄いガラスのようにもろく繊細な心で愛情を求め、そしてただひたすらに歌う事が好きだった、そんな女性でした。嘘偽りない本物のジャズミュージシャンでした。

自身の経験からインスパイアされた詩しか書かない彼女が作ったいくつもの名曲は、彼女の心と身体の痛みがあってこそ生まれた曲です。自他共に認めるジャズマニアでもあり音楽的才能とセンスを持つエイミーは、ミュージシャンになるべくしてなったのだと思います。

しかし、ヒット曲をいつでもどこでも歌い続けなければならない、というスターシンガーの宿命に、彼女は耐えられなかったのです。小さなクラブで歌うのが大好き!と言っていましたが、金銭に目のくらんだ人間は肉親や恋人を含めて周りにたくさんいたし、音楽業界の人間は彼女の才能を放っておかないし、ツアーを望むファンは世界中にいました(もちろん、私もその一人です)。このジレンマも、今となってはただ虚しいだけですね…。

本編のほとんどを泣きながら観て、つらすぎて目を伏せてしまった場面もありました。亡くなった時も、その後何度も何度も彼女の曲を聴いた時も、映像を見た時も、時々切なくなるだけで泣きはしなかったのに。私の知らない本来の姿のエイミー・ワインハウスがそこにいて、彼女は亡くなったはずなのに、またその姿を見る事ができたような感覚…というよりむしろ、やっと彼女に会う事ができたような感覚。そして、メディアで非難されたたり呆れられていた裏で、心に大きな苦しみや悲しみを抱えていた真実の彼女の姿。この二つが私の涙をとめどなく溢れさせたのかな、と観終わって少し冷静になってから思いました。

もう二度と新曲も聴けないし、それどころか未発表音源も破棄されてしまった、と何かの記事で読みました。ライヴで彼女のステージを見たかった、歳をとった彼女の歌声を聴きたかった、もう叶わないのが本当に悲しくて残念です。

 

いちファンとしてダラダラと書いてしまいましたが、ごく普通の少女が宿命的にミュージシャンとなり送った、激しく短い生涯のドキュメンタリーとして、素晴らしい作品だと思います。ゴシップの中のエイミー・ワインハウスしか知らない人には、ぜひ観てほしい。

 


エイミーの歌詞は本当に切ない。

 

私の好きな曲をカバーしているのも嬉しかった。

 


映画のエンドロールでも流れていましたが、Valerieもよく歌っていました。エイミーの曲のようだけれど、これも私の好きなバンドThe Zutons(これまた残念なことに活動休止中…)のカバーです。以前読んだ彼らのインタビューで「もうすっかりエイミーの曲って感じで、僕たちの曲だよって言うとみんな驚くんだよね(笑)」って話していた気がします。

 

 

f:id:somewherearoundhere:20160718153805j:plain